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リベラルな資本主義の終わりと「富の囲い込み」の始まり
私たちが学校の教科書で学び、そして長い間当然のものとして受け入れてきたのは「リベラルな資本主義」というシステムでした。これは、市場を拡大することで経済という「全体のパイ」を大きくし、世界中の人々が豊かさを分かち合えるという前提に立っています。日本が高品質な自動車を作り、東南アジアが部品製造を担い、アメリカがITサービスで世界を接続する。こうした自由貿易と国際分業の連鎖が各国の繁栄を支えてきました。
しかし現在、この根底にあるパラダイムが急速に崩れつつあります。それに代わって台頭しているのが「有限の資本主義」です。これは文字通り、成長の限界を迎え「これ以上パイは大きくならない」という悲観的な前提に基づいています。結果として何が起こるかといえば、限られた富の中からいかに自国の取り分を確保するかという、ゼロサムゲームへの突入です。
トランプ大統領が次々と関税を掛け、同盟国に対してすら保護主義的な圧力を強めているのは、この「有限の資本主義」の理屈を誰よりも忠実に実行しているからです。自国の産業を守るために他国を排除し、富を無慈悲に囲い込む。この流れはもはや後戻りできない確実なトレンドになりつつあります。
歴史が警告する「第3波」の危険な足音
歴史を振り返れば、この有限の資本主義のパラダイムが世界を覆った時代は過去にも存在していました。歴史学者のアルノ・オーランは、これを「過去に二度あった波」として分析しています。第一波は19世紀末の帝国主義の時代であり、第二波は1930年代、世界恐慌のあとにブロック経済が世界を分断した時代でした。そして恐ろしいことに、過去の二度の「有限の資本主義」は、常に大国同士の激しい衝突と世界規模の戦争という最悪の結末を招いてきました。
そして今、私たちが直面しているのが第三波です。パックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)が終焉を迎え、世界を安定させてきたG7やG20といった多国間協調の枠組みは機能不全に陥っています。もはや同盟国すらも排除される可能性のある「Gマイナスの時代」において、過去の歴史と同じ過ちを繰り返さないために、世界がどのように自制心を保てるかが極めて重大な岐路に立っています。日本のようなミドルパワーの国々が、どう連携しビジネスの基盤を守っていくのか。経営者にとって、どの市場と結びつくかという選択が致命的な意味を持つ時代になったのです。
「規模の拡大」から「品格ある撤退」へ
これ以上パイが大きくならない時代において、私たちはどのような姿勢を持つべきなのでしょうか。そのヒントとなるのが「品格ある衰退」という考え方です。
かつて世界規模の覇権を握っていた「パックス・ブリタニカ」時代のイギリスは、第二次世界大戦後、その覇権の喪失と植民地の解体という痛みを伴うプロセスを経験しました。しかしイギリスは、無理に軍事力で抑え込むようなことはせず、「秩序ある撤退」を選びました。全てを失うのではなく、金融、文化の発信力、そして高度な外交力というコアな強みだけは手放さずに磨き続けたことで、今日に至るまで国際社会において特別な地位と信頼を保ち続けています。
対照的に、人口減少という逆境にありながらも、「強さ」の物語に固執し、他国に対して力による圧力を強めようとする現代の中国の振る舞いは、ある種の対極的な事例として映ります。この「品格ある衰退」の概念は、決して国家だけのものではありません。右肩上がりの成長が描けなくなった市場において、企業が不採算事業からどう撤退するのか。何を切り捨て、何を残すのかという美学と選択こそが、ブランドの価値と次の時代の生存を決めるのです。

