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トランプ大統領のディールに学ぶ、ビジネスにも活かせる交渉術とその裏に潜むリスク
2025年8月、米国が新たな相互関税率を適用したことで、再びトランプ大統領の「ディール(取引)」に世界の注目が集まっています。当初は日本に対して24%という高い関税が示唆されていましたが、最終的には15%で合意しました。一見すると「良い決着」に見えるかもしれませんが、この水準は第二次世界大戦前のレベルに戻りかねない高いものであり、決して楽観視はできません。
今回の交渉の裏側では、どのような駆け引きが行われたのでしょうか。そして、そこから私たちは何を学ぶべきなのでしょうか。
核心は「アンカリング」と「返報性の原理」
トランプ大統領の交渉術の中心には、「アンカリング」と「返報性の原理」という2つの心理的な原則があると言われています。
- アンカリング:最初に極端に高い要求(今回の場合は24%の関税)を提示することで、交渉の基準点(アンカー)を相手に不利な位置に設定します。
- 返報性の原理:その高い要求から譲歩する姿勢を見せる(15%に下げる)ことで、「こちらが譲歩したのだから、相手も譲歩すべきだ」という心理を働かせ、合意へと誘導します。
この他にも、締め切りを設定して決断を迫る「締め切り戦術」や、「この交渉から乗り遅れてはいけない」と思わせる「FOMO(フォーモ)戦術」など、多様なテクニックを駆使して交渉を有利に進めていったと分析されています。
成功の裏に潜む「逸脱の常態化」という危険
彼の交渉術は、ビジネスマン時代から培われたものですが、90年代にはカジノ事業を破綻させた経験もあります。その際も、失敗を認めずに責任を転嫁し、損失を債権者に負わせたと言われています。今回の大統領としてのディールの代償も、最終的には米国民、ひいては世界の人々が払うことになるのかもしれません。
さらに懸念されるのが、「トランプ慣れ」、すなわち異常な言動が繰り返されることで社会全体がそれに慣れてしまい、権力の暴走を見逃しやすくなる現象です。これは、かつてNASAのスペースシャトル事故の原因ともなった「逸脱の常態化」という組織的な病理と同じ構造をしています。異常が繰り返されるうちに許容範囲が広がり、監視や異論が弱まると、取り返しのつかない事態を招きかねません。
トランプ大統領の交渉術は、ビジネスの現場でも参考にできる部分があるかもしれません。しかし、その裏にある大きなリスクと、社会に与える影響についても、私たちは冷静に目を光らせ、監視し続ける必要があるでしょう。