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ジブリ風画像が世界を席巻した1ヶ月
2025年3月25日、OpenAIがChatGPTの画像生成機能を大幅にアップデートしました。手元の写真をアップロードし、短い指示を出すだけで、1分足らずでジブリ風の画像が生成されます。CEOのサム・アルトマン自身もXのアイコンをジブリ風に変え、世界中のユーザーがこの機能に殺到しました。著作権の問題や倫理的な議論は当然あるものの、「楽しい」「手軽」という2つの要素が圧倒的な推進力となり、生成AIアートは一気に大衆の日常へ流れ込みました。
この現象をどう受け止めるべきでしょうか。楽しさと手軽さが倫理的議論を凌駕してしまう構造は、技術の社会浸透において繰り返し観察されるパターンです。しかし今回は、そのスピードと規模が桁違いでした。たった1つのアップデートが、「AIアートとは何か」という問いを世界中の食卓やSNSのタイムラインにまで運んでしまったのです。
4000万円の落札と5000人の抗議が同時に起きる世界
同じ 2025年3月、もう1つの象徴的な出来事がありました。AI作品専用のオークションが開催され、アメリカ人アーティストのレフィク・アナドルの作品が約4000万円で落札されたのです。予想価格を大きく上回る金額は、AIと共に作られたアートに対して市場が真剣な評価を下し始めたことを意味します。
しかしそのオークション自体に対して、5000人以上のアーティストが中止を求める公開書簡に署名していました。4000万円の評価と5000人の抗議。この2つの数字が同時に存在しているところに、AIアートをめぐる社会の揺れが象徴的に現れています。
反対派の1人、ドイツ出身のアーティスト・シュタイエルは、AIが生成する画像を「Mean Image(ミーン・イメージ)」と呼びました。英語の「Mean」は「意味」であると同時に「平均的」「さもしい」「意地悪」という多義を持ちます。インターネットに溢れる膨大な画像を学習し、その統計的な「平均値」から絵を生み出すAIは、結果として均質的で多様性を欠いた表現を量産してしまうのではないでしょうか。人間の想像力が、AIの生成速度の影に飲み込まれるのではないか——シュタイエルの危機感は、この言葉の中に凝縮されています。
ネズミの脳波とAI——「バグ」の中にある創造性
一方で、AIを「平均の再生産マシン」ではなく、人間の感覚を超えた創造の触媒として活用する試みも始まっています。
東京大学の研究チームは、ネズミの脳波データをAIに解釈させて絵を生成する実験を行いました。人間の意図や美意識を一切介在させず、生理データだけから生まれた画像には、人間のクリエイターには思いつきようのない不思議な質感があります。またアーティストの岸裕真は、AIにキュレーターの役割を担わせ、AIからの提案をもとに制作を進めました。その結果生まれたのが、胎児のエコー写真を使って模写した「最後の晩餐」です。
シュタイエルが指摘した「平均」の対極にあるのは、まさにこの「バグ」——人間の意図や予測の外側で偶然生まれるもの——なのかもしれません。AIが偶然起こすエラーや、人間には思いもよらない組み合わせの中に、心を揺さぶる表現が潜んでいる可能性があります。
さらに興味深いのは、ChatGPTの記憶機能の大幅アップデートとの連動です。過去の対話履歴がAIのメモリに書き込まれ、それが出力に反映されるようになった今、同じプロンプトを叩いても「その人らしい」画像が生まれる時代がすぐそこまで来ています。パーソナリティという名のバグが、AIアートに再び多様性を取り戻す鍵になるかもしれません。

