培養食材は高級食材から普及が進む|よげんの書:25年4月号より

この記事は、トレンドの原動力を探るマーケティングセミナー「よげんの書」で発表した「よげん」をトピックごとに解説した記事です。よげんの書のウェブサイトから無料セミナーのお申込みや、講演資料やアーカイブ動画をご覧いただけますので、ご関心ありましたらお申込みください。


「安さ」ではなく「付加価値」で勝負する戦略的背景

培養食材の普及において最大の壁となっているのは、その膨大な研究開発費と製造コストです。細胞を育てるための「培地」の価格が高く、初期段階で一般的な鶏肉や豚肉と価格競争をすることは現実的ではありません。

歴史を振り返ると、2013年にオランダのマーストリヒト大学が開発した世界初の培養肉バーガーは、わずか1つのパティを作るのに約3500万円もの費用がかかっていました。このような高コスト構造を前提とするならば、ターゲットは必然的に、元から高価で取引される「高級食材」となります。

かつての大豆を用いた代替肉は、スーパーの安い挽き肉と比較され、コストダウンばかりが優先された結果、味や満足度が追いつかないという課題に直面しました。一方、培養食材は「高くても売れる」高級食材から参入することで、製造コストを許容しながら技術を研鑽し、ブランド価値を確立する戦略をとっています。

世界のスタートアップが挑む「高級」の再定義

現在、世界中のフードテック企業が、特定の高級食材に特化した培養技術の開発を競っています。

  • ウナギ(イスラエル:フォーシーフーズ) イスラエルのスタートアップであるフォーシーフーズは、京都に製造拠点を計画しています。彼らは「オルガノイド(ミニ臓器)」技術を駆使してコスト削減を図りながら、2027年をメドにシンガポールへの輸出を目指しています。絶滅危惧種でもあり、日本文化と深く結びついた「ウナギ」を培養で実現することは、極めて高い市場価値と象徴性を持っています。
  • キャビア(シンガポール:ウマミバイオワークス) シンガポールの企業は、魚の卵であるキャビアの培養に取り組んでいます。卵であるため、複雑な肉の組織を作るよりも短時間で製造できるという利点があります。さらに、培養の過程で抗酸化物質の比率を高めるなど、天然物以上の健康機能(付加価値)を付与する試みもなされています。
  • フォアグラ(フランス:グルメ) 美食の国フランスのスタートアップは、世界で初めて欧州(EU)へ培養肉の販売承認を申請しました。動物愛護の観点から強制給餌が問題視されるフォアグラにおいて、倫理的課題を解決しつつ、血清不使用の安価な培地でコストを抑えた「クリーンな高級食材」として普及を目指しています。

これらの事例に共通するのは、単なる「模倣」ではなく、テクノロジーによって品質や倫理性を高め、既存の高級食材をアップデートしようとする姿勢です。

100億人時代の食糧安全保障と日本の課題

なぜ今、これほどまでに培養食材への投資が加速しているのでしょうか。その背景には、深刻な人口問題があります。世界人口が100億人に達すると予測される未来において、従来の畜産だけでは、人々の肉の需要を満たすことが物理的に不可能になると言われているからです。

培養肉の世界市場は、今後数年で急拡大することが予想されています。しかし、その普及には依然としていくつかの高いハードルが存在します。

第一に、「法整備」の遅れです。シンガポールや米国がいち早く販売を承認しているのに対し、日本では細胞性食品の承認ルールが未整備であり、優れた技術を持ちながらも国内での事業化が難しい状況にあります。 第二に、普及のプロセスです。最初は2025年の大阪・関西万博で見られるような、「食べられないけれど匂いだけは嗅げる」といったデモンストレーションから始まり、次に高級レストランでの提供、そして徐々にコストダウンを経て一般家庭へと広がる、段階的な受容が必要です。

日本はこの分野の基礎技術において非常に強いポテンシャルを持っています。この強みを活かし、外部からの圧力(トランプ関税などの不確実性)を、古い規制を打ち破るドライバーに変え、新たな「稼げる産業」として培養食材を育成していくことが求められます。


「よげんの書」は企業や個人が不確実な時代を生き抜くための道標を提供し、仕事や生活のマーケティングに投影していただけることを目的・目標として主催者の個人プロジェクトとして運営しています。

まずはぜひセミナーをご覧ください。そして「セミナーの共同開催」や、よげんの書をもとにした研修「ミライノミカタワークショップの開催」など、マーケティング活動をご一緒させていただく機会を検討いただける場合はお気軽にお問い合わせください。Driving Forceをともに掴み、未来を一緒に創っていくことができれば幸いです。

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この記事を書いた人

舟久保 竜のアバター 舟久保 竜 よげんの書|主催者

総合マーケティング会社で23年間、NBメーカーの商品開発・販促企画のアイディア創出のための調査に関わるとともに、2020年から師匠の「大久保惠司 氏」とともに企業のマーケター向けに毎月トレンドを発表するセミナーを継続開催する。2025年、大久保氏の逝去後に「よげんの書」をライフワークとして継続することを決意。

本業は2024年1月から株式会社フィードフォースに所属。企業のコマースサイトを顧客体験基盤やCDPとして活用するためのソリューションのマーケティングに携わる。企業と生活者がモノではなくサービスでつながるための、SDL(サービス・ドミナント・ロジック)の実現を目指す。