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後回しにされる「成長戦略」と横行する「分配競争」
2026年に行われた衆議院議員選挙は与党の圧勝で幕を閉じましたが、私たちが本当に注視すべきなのは「誰が勝ったか」ではなく「彼らが何を約束したか」です。今回の選挙において浮き彫りになったのは、厳しい痛みを伴う「構造改革」や「規制緩和」といったテーマが棚上げされたという現実でした。
2年前の選挙で議論されていたライドシェアの解禁や、抜本的な農業改革によるコメの増産といった攻めの政策は影を潜めました。代わりに与野党を問わず声高に叫ばれたのは、「消費税の減税」や「家計への直接給付」といった、手っ取り早い分配策ばかりでした。政治家にとって、国民に直接お金を配る約束をする方が、痛みを伴う成長戦略を語るよりも圧倒的に票に結び付きやすいからです。
結果として、新たな市場を切り拓くための規制改革への扉は閉ざされ、潜在成長率は1%にも満たない低空飛行を続けています。本来あるべき持続的な成長モデルの構築を放棄し、借金に依存した分配で目先の支持を取り繕う。これが、今の日本政治が陥っている危険な現状です。ビジネスを展開する側からすれば、政府主導での市場拡大の可能性は閉ざされつつあるという厳しい現実を受け入れなければなりません。
選挙の頻発が奪う「政治的体力」と未来の選択肢
この「バラマキ合戦」を構造的に進めているのが、日本の国政選挙の頻度です。2024年の衆議院選挙、2025年の参議院選挙、そして2026年と、毎年のように国政を揺るがす大型選挙が繰り返されています。
政治家は常に「次の選挙」を意識せざるを得ません。そうした環境では、年金の受給開始年齢を引き上げる、あるいは社会保険料を見直すといった、将来世代のための「負担増」を伴う政策は、政治生命に関わるタブーとなってしまいます。未来のための痛みを訴える勇気は失われ、どの党も目先の還元策で支持を競い合うという悪循環から抜け出せなくなっています。
このような光景は、アメリカやイギリスなど他の民主主義国家でも程度の差こそあれ共通して見られます。しかし、日本の場合は状況が桁違いに深刻です。日本はすでにGDP比で230%、金額にして1,300兆円に迫るという、先進国として最悪の公的債務を抱え込んでいるからです。
ブキャナンが50年前に見抜いた「赤字の民主主義」
一体なぜ、私たちは借金が膨れ上がる政策を支持し続けてしまうのか。この根源的な問いに対する答えを、50年も前に見事に予見していた経済学者がいます。公共選択論の創始者でありノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ブキャナンです。
彼は歴史的名著『赤字の民主主義』の中で、「民主主義というシステムの下で政治家が選挙の勝利を第一目的にする限り、どれだけ経済が好調な時期であっても財政赤字の拡大は絶対に止まらない」という冷酷な真理を喝破しました。元来、ケインズ経済学が提唱した「財政出動」とは、深刻な不況時に限定して政府が景気を下支えするために使われるべき一次的な処方箋でした。景気が回復すれば、当然のごとく財政を引き締めるのが本来のサイクルです。
しかし実際には、この「不況対策」という大義名分が常態化し、政治家たちは永遠に財政というクレジットカードを切り続けています。未来への負担の先送りは、もはや一時的な政治の怠慢ではなく、選挙制度という仕組み自体が構造的に生み出してしまう避けがたい「システムのエラー」なのです。私たちはこの現実を直視し、国家の財政支援を当てにしない強靭なビジネスモデルを自己責任で構築していく必要があります。

