この記事は、トレンドの原動力を探るマーケティングセミナー「よげんの書」で発表した「よげん」をトピックごとに解説した記事です。よげんの書のウェブサイトから無料セミナーのお申込みや、講演資料やアーカイブ動画をご覧いただけますので、ご関心ありましたらお申込みください。
イノベーションのヒントは「嫌い」にもある
新しい商品やサービスを企画する際、私たちはつい「この商品が好きな人」「熱心なファン」を対象に設定してしまいがちです。しかし、これまで市場を大きく変えるイノベーションは、「それが嫌いな人」「無関心な人」の声に耳を傾けることからも生まれてきました。
今回は、「嫌い」というネガティブな感情を起点に大成功を収めた3つの事例をご紹介します。
事例1:「鉄道嫌い」から生まれた世界一の列車「ななつ星in九州」
JR九州が誇る豪華クルーズトレイン「ななつ星」。この列車は、米国の有名な旅行雑誌で3年連続「世界一の列車」に選ばれるなど、世界的な評価を得ています。驚くべきことに、この画期的な列車を企画したのは、「鉄道も鉄道マニアもあまり好きじゃない」と公言していた当時の社長でした。
彼は、鉄道マニアが好むような「不便さ」や「古さ」といった価値観を一切排除。徹底的に「非・鉄道ファン」の目線に立ち、「動く小さな高級宿」というコンセプトを打ち出しました。その結果、これまで鉄道に興味のなかった世界の富裕層を惹きつけることに成功したのです。
事例2:「おしゃれ嫌い」が選んだ服「ユニクロ」
今や世界的なブランドとなったユニクロ。その成功の理由を、著述家の米澤泉氏は著書『おしゃれ嫌い』の中で、「おしゃれが嫌い(面倒)な人々のニーズに応えたからだ」と分析しています。
毎シーズンの流行を追い、コーディネートに頭を悩ませることから解放されたい。「誰でも、どんな場所でも、快適に着られる服」が欲しい。ユニクロは、そんな「悩まずに選びたい」という大多数の潜在的なニーズを的確に捉え、LifeWearという独自のポジションを築き上げました。
事例3:「山登りの嫌いなところ」を解消したホテル
2025年9月に尾瀬にオープンしたホテル「LUCY尾瀬鳩待」も、この逆転の発想を取り入れています。山のホテルにありがちな「雑魚寝」「古い設備」「Wi-Fiが繋がらない」といった、登山に興味があっても宿泊には二の足を踏んでしまうような層の「嫌いなところ」を徹底的に解消。快適性を追求することで、新たな顧客層の開拓を目指しています。
「嫌いな人」の「用事(ジョブ)」を探せ
これらの事例と一緒に経営学者のクレイトン・クリステンセンが提唱した「ジョブ理論」をリファレンスしたいと思います。この理論は、「顧客がお金を払ってでも片付けたいと思っている用事(ジョブ)は何か」を見つけることがイノベーションの鍵だと説きます。
「嫌いな人」に注目することは、ファンからは見つからなかった新しい「用事」を発見するための、非常に有効な視点です。「動く高級宿なら泊まりたい」「悩まずに着られる服が欲しい」「山の中でも快適なホテルなら泊まりたい」。こうした「嫌い」の裏側にある切実な願いこそが、次のイノベーションの種なのです。