「前提」が壊れた3月、自分の目で確かめ直す世界 ── 2026年3月のPEST分析

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2026年3月は、これまで当然だと思われていた「前提」が次々に壊れた月でした。

米国が自由民主主義の地位を失ったという評価が出され、ホルムズ海峡が封鎖されて石油の安定供給という常識が覆り、家族の標準的な形が統計上から消えつつあることが明らかになり、AIが戦争の論理に取り込まれ始めました。どれも、昨日までの延長線上で考えることが難しい出来事です。

今月のPEST分析では、それぞれの領域で「前提」がどのように崩れているのか、そしてその先に何が見えてくるのかを整理します。

POLITICS:政治
秩序の「前提」が壊れ、力の空白が世界に広がる

2026年3月の政治は、これまで前提とされてきた秩序が明確に崩れた月として記録されることになりそうです。

スウェーデンのV-Dem研究所が、米国を「自由民主主義」ではないと評価しました。過去50年で初めてのことです。トランプ政権下での司法やメディアへの圧力が制度的な歯止めを弱め、民主主義を支える三つの盾──独立した司法、自由な報道、市民社会──がいずれも劣化しているという判断が示されました。かつて世界の民主主義の規範であった国が、その看板を下ろさざるを得ない状態にあるという事実は、国際秩序の根幹に関わる問題です。米国内でも、白人労働者層の「絶望死」は減少していません。反エリート感情の根深さは政策の一時的な成果では解消されず、社会の分断は構造として固定化しつつあります。米メディアの再編に対する政治介入も進んでおり、報道の独立性が失われることへの懸念は繰り返し指摘されています。

中東では、米国とイスラエルによるイラン大規模攻撃が行われ、最高指導者ハメネイ師が殺害されました。体制転換を目的とした攻撃は、ドバイの「安全神話」を崩壊させ、ホルムズ海峡の封鎖へとつながりました。世界貿易の減速、原油価格の高騰、日本の実質賃金へのマイナス影響など、影響は即座に広がっています。イランは海峡に「関所」を設置して通航料を課すという異例の措置に出ており、国際法の枠組みとは異なる力の論理が前面に出ています。イラン戦の「出口」が見えないなか、後継指導者選びでも米国の想定には誤算が重なっています。ストックホルム国際平和研究所所長は「軍拡競争は抑止力にならない」と明言しており、世界の武器取引が9%増加し、欧州の武器輸入が3倍になったにもかかわらず紛争は拡大し続けているという現実が、その指摘を裏付けています。

この力の空白は、アジアにも波及しています。米軍南シナ海偵察の3割削減に見られるように、中東へのリソース集中はASEAN地域を漂流させています。中南米ではトランプ氏がモンロー主義を本格始動させ、「サウスが危ぶむ世界崩壊」という言葉すら語られるようになりました。欧州では逆に極右が一服の兆しを見せていますが、ハンガリーのオルバン政権の苦戦やウェールズの独立派進出など、既存の政治地図が書き換わる動きは続いています。「外交の形を女性が変える」という議論も注目に値します。女性が関与した和平合意は持続性が向上するというデータがある一方で、日本は大使や高官への女性登用が遅れています。

国内政治では、防衛増税がたばこ税や法人税への上乗せという形で静かに始まりました。国民負担率は2年連続で低下しているものの、それは所得の伸びが税負担の増加をかろうじて上回っているだけの話です。自衛隊を「戦力」とみなす改憲議論が本格化し、日本が自衛隊の海峡護衛に派遣される可能性も議論されるなか、安全保障と財政負担のバランスは今後さらに難しくなります。高市首相の言動が「トランプ化」していると指摘される状況も含めて、日本の政治もまた、これまでの前提を見直す局面に入っています。

ECONOMY:経済
「安全な居場所」が値段の問題ではなくなる

経済面で3月にもっとも鮮明になったのは、エネルギーと住環境という、暮らしの土台に関わる部分が同時に揺さぶられているという現実です。

ホルムズ海峡の封鎖は、国際石油市場を直撃しました。IEAは過去最大となる4億バレルの協調放出を決定し、日本も備蓄の45日分を放出しています。それでも原油先物は一時100ドル超に到達し、石炭火力の緊急稼働や重油・軽油の供給制限が始まりました。「遠くの戦争は買い」という株式市場の経験則はもはや通用せず、原油高と株安が同時に進行しています。日経平均は2000円以上の下落を記録し、韓国株は10%超の急落を見せました。中東エネルギーへの依存度が高いアジア経済全体が減速に身構えています。日本では石油危機の教訓が70年代以来の文脈で語られ直し、欧州では脱原発を「戦略ミス」と認める欧州委員長の発言が出ました。洋上風車大手のベスタスが日本に工場を建設するなど、エネルギーの供給源を分散させる動きが加速しています。

住宅市場もまた、金利上昇によって構造が変わりつつあります。大手銀行が変動型住宅ローン金利を15年ぶりに1%超へ引き上げ、住宅ローン減税の恩恵を実質プラスの金利コストが上回る状態になりました。東京23区のマンション中央値は1億円を超え、全国の公示地価はバブル後最大の5年連続上昇を記録しています。一方で、港区の中古マンションが5000万円下落するなど、価格の天井を示す兆候も現れています。「ずらし駅」に需要が集まる現象は、都心に住むこと自体が前提ではなくなりつつある変化を映しています。

渋谷では、東急と西武による半世紀にわたる「渋谷戦争」に幕が下りました。西武渋谷店は9月末に閉店し、昭和から続いた百貨店文化がひとつ終わります。都市再開発が百貨店というフォーマットを選別する時代に入ったことを意味していますが、渋谷の商業地地価は12.2%上昇しており、街の価値そのものが失われたわけではありません。「花形」ブランドが若者に響かなくなっているというブランド調査のデータも重要です。トヨタは20代以下では149位にまで後退しました。テレビを持たない若年単身男性が4割に上る時代に、従来のメディアを前提としたブランド戦略は効力を失いつつあります。

産業構造の転換の難しさも可視化されました。ホンダは北米EV開発を中止し、ソニーとの共同開発車「アフィーラ」も中止、上場来初の赤字を計上しました。米国の排出規制撤廃がとどめとなった形ですが、「脱エンジン」戦略そのものの誤算は、政策リスクを前提としない設計の脆さを示しています。中国が新車販売で世界首位に立ったことも合わせて見ると、自動車産業の重心は構造的に移動しつつあります。

一方で、変化の兆しも多方面に見られます。レアアース国産化に向けた南鳥島開発に3400億円が試算され、下請け改革による金型値上げの進展、給食やごみ収集の発注額を引き上げる自治体の動きなど、「安さより持続性」を選ぶ判断が少しずつ広がっています。旧型車のレストア市場が1000万円超の需要を生み、任天堂が「修理する権利」に対応するスイッチ2を出すなど、「使い続ける」ことに価値を見出す消費も拡大しています。外国人労働の減速と格差ではなく「貧困」への注目の高まりは、経済がもはや成長率の問題ではなく、暮らしをどう守るかという切実な問いに移行していることを示しています。

SOCIETY:社会
「標準」が消え、言葉にしなければ伝わらない時代が来る

3月の社会領域で浮き彫りになったのは、「標準的な暮らし」というモデルが統計的にも崩れつつあるという事実です。

2人世帯よりも単身世帯の方が多い。この数字が示しているのは、家族制度や住宅制度、社会保障の前提となってきた「標準世帯」が、もはや標準ではないということです。身内のいない人が住まいを探せないという現実は、制度が個人の暮らしに追いついていない状態を端的に表しています。同時に、「70歳以降も働く」と答える人が初めて4割に達しました。生涯現役という概念が、選択というよりも必然として受け止められはじめています。王子HDの退職一時金廃止は、その流れを企業側から加速させる動きです。雇用は長期安定型から流動型へと前提が切り替わりつつあります。

コミュニケーションの前提も変わっています。「言語化」に関する書籍がブームになっている背景には、あうんの呼吸や暗黙の了解が通じにくくなった社会があります。多様な価値観やバックグラウンドを持つ人々が同じ職場や地域で暮らす以上、言葉にしなければ伝わらないことが増えています。東北大学が提唱する「多元的無知」──他者が何を考えているかについての誤認──を正す工夫も、同じ文脈にあります。これは外国人材の受け入れの問題だけでなく、世代間や部署間の断絶がある日本の組織でも切実なテーマです。

教育の現場では、学校のDXが周回遅れであることが文科省の調査で改めて浮き彫りになりました。9割がいまだ押印を必要とし、7割が日常業務にファクスを使用しています。高卒就活の「1人1社」ルールも問い直されています。教員8割が反対するこの慣行が、選択肢のないまま就職し、早期離職に至る若者を生み出しているという指摘は重要です。求人を5社未満しか比較できない高校生が多数を占める状況は、情報格差の問題でもあります。

環境面では、温暖化が2015年以降に倍速で進んでいるというドイツの研究結果が発表されました。それ自体も深刻ですが、注目すべきは気候変動がメンタルヘルスに及ぼす影響が数値化されたことです。2050年までに39兆円の健康損失をもたらし、暑さが認知症の発症リスクを高めるという試算は、温暖化を産業や環境の問題として捉えるだけでは不十分であることを示しています。果物の卸値が10年で6割上がり、野菜を「作る」時代になりつつあるという変化も、暮らしの基盤が揺らいでいることの表れです。

DEIに対する違和感が職場で3割に広がっているという調査結果も、見落とせません。数値目標だけが先行し、本質的な公平さが実感されないのでは、制度は形だけのものになります。男女の賃金格差が最小を記録した一方で、この種の不満が出てくること自体が、「正しさ」の伝え方もまた言語化を必要としていることを意味しています。

TECHNOLOGY:技術
戦争がAIの中立性を蝕み、ソフトウェアが「転生」を迫られる

テクノロジーの領域では、3月に最も象徴的だったのは「戦争がAIを蝕みはじめた」という事実です。

トランプ政権は、米軍に対してアンソロピック製のAIの使用停止を命じ、オープンAIの採用を決定しました。その理由は技術的な優劣ではなく、アンソロピック側の政策批判に対する不満だったと報じられています。AI企業の選別が政治的な忠誠心によって行われるという事態は、技術の中立性という前提を根底から揺さぶるものです。アンソロピックはその直後にサービス障害を起こしましたが、障害の背景にはAIアプリの利用者急増という別の構造問題もあります。オープンAI自身も「一強」の地位が揺らぎ、17兆円の資金調達にもかかわらず競合が猛追する状況にあります。生成AIの「性格」を比較した調査では、中国製AIが特定の政治的話題をスルーするという結果も出ており、AIが開発者の意図や国家の方針を反映する「鏡」であることが改めて確認されました。

軍民の境界線は技術の面でも溶け出しています。イスラエルはイランに対して、防犯カメラの乗っ取りや通話の傍受といったサイバー攻撃を軍民一体で展開しました。イランは米軍基地やエネルギー施設だけでなく、民間のクラウドサービスも軍事目標として名指ししています。ウクライナではロシアがドローンで「ゲーム感覚」の攻撃を行い、その映像がSNSに「戦果」として投稿されています。テクノロジーが戦争のコストを下げ、参加の敷居を低くしている現実があります。

一方で、AIが社会の通常の機能に溶け込む動きも着実に進んでいます。AI与信によって転職者や起業家がローンを受けやすくなり、スーパーの棚割り作業が5日から15分に短縮されるなど、業務の自動化は実用レベルに入りました。経済学者の調査では82%が「AIで生産性向上」と回答し、「仕事を奪う」という見方は38%にとどまっています。万博出展品の実用化や、スマートコンタクトレンズによる眼圧測定など、「世の中にない技術」が現実の課題を解きはじめている事例も増えています。

ソフトウェア業界では、SaaSに「転生」の時が訪れているという表現が使われるようになりました。AIが既存のSaaS機能を代替するなかで、サイバー対策製品の機能重複や担当者の疲弊が問題になっています。6GとAIの融合を見据えた次世代インフラの競争も始まり、物流では7桁英数字の新郵便番号による届け先の精密な特定が始まりました。スマホを出さずに店頭決済を行う次世代通信技術も28年度の商用化を目指しています。テクノロジーは道具から「環境」へと移行する過程にありますが、その環境を誰が設計し、誰の論理で運用するかが、3月に入って急速に問われはじめています。

「前提」を疑うことが、次の判断の起点になる

2026年3月のPEST分析を通じて見えてくるのは、「前提」が壊れたあと、それに代わる新しい基準がまだ定まっていないという現状です。

米国は民主主義の模範であるという前提。中東の石油は安定的に届くという前提。家族は2人以上で暮らすものだという前提。AIは中立的なツールだという前提。どれも、3月に入って明確に揺らぎました。

一方で、崩れた前提の隙間からは、新しい動きも見えています。修理して使い続ける消費、個人の信用をAIで評価する与信、エネルギーの自立に向けた原発や再エネの両立、そして言語化によって他者との了解を丁寧に結び直す社会。それらは派手ではありませんが、「前提なき世界」で自分の足場を確かめようとする人々の営みです。

いま求められているのは、揺らぎに対して手早く「正解」を見つけることではなく、何が壊れ、何が残り、何を新しく選ぶのかを、自分の目で確かめ直す姿勢ではないでしょうか。


「よげんの書」は企業や個人が不確実な時代を生き抜くための道標を提供し、仕事や生活のマーケティングに投影していただけることを目的・目標として主催者の個人プロジェクトとして運営しています。

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この記事を書いた人

舟久保 竜のアバター 舟久保 竜 よげんの書|主催者

総合マーケティング会社で23年間、NBメーカーの商品開発・販促企画のアイディア創出のための調査に関わるとともに、2020年から師匠の「大久保惠司 氏」とともに企業のマーケター向けに毎月トレンドを発表するセミナーを継続開催する。2025年、大久保氏の逝去後に「よげんの書」をライフワークとして継続することを決意。

本業は2024年1月から株式会社フィードフォースに所属。企業のコマースサイトを顧客体験基盤やCDPとして活用するためのソリューションのマーケティングに携わる。企業と生活者がモノではなくサービスでつながるための、SDL(サービス・ドミナント・ロジック)の実現を目指す。