人手不足とインフレが低価格チェーンにも値上げを迫る|よげんの書:26年秋号より

この記事は、トレンドの原動力を探るマーケティングセミナー「よげんの書」で発表した「よげん」をトピックごとに解説した記事です。よげんの書のウェブサイトから無料セミナーのお申込みや、講演資料やアーカイブ動画をご覧いただけますので、ご関心ありましたらお申込みください。


物価高と賃上げ競争が重なり中小零細企業の倒産が急増する

2026年上半期における日本国内の企業倒産件数は、前年同期比7%増の5346件に達し、上半期としては13年ぶりの高水準を記録しました。日本経済が長年続いたデフレからインフレと金利のある世界へと移行する過程で、体力の乏しい企業の淘汰が本格化しています。

倒産企業の内訳を精査すると、従業員10人未満の中小・零細企業が全体の9割を占めており、二重のコスト圧力に晒されている実態が浮き彫りになります。歴史的な円安と輸入資材の高騰に起因する「物価高倒産」が前年同期比28%増と急伸したことに加え、深刻な労働力不足と賃上げ競争についていけない「人手不足倒産」も38%増と激増し、双方が過去最多を更新しました。

業種別ではサービス業の倒産が過去30年間で最多を記録しました。その中でも特に飲食店は、客離れへの懸念から仕入れコストの上昇分をメニュー価格へ転嫁できず、赤字を垂れ流した末に市場からの脱落を余儀なくされる事例が相次いでいます。コストを価格に反映できない「安売り依存」の経営モデルは、もはや継続不可能な領域へと追い詰められています。

低価格の象徴だったサイゼリヤが原価急騰を受け価格改定に踏み切る

こうした過酷な市場環境において、外食産業全体に極めて象徴的な転換をもたらしたのが、低価格路線の絶対的王者として君臨してきたイタリアンファミリーレストランチェーン・サイゼリヤによる価格改定の検討表明でした。

「どんなにコストが上がっても値上げはしない」という姿勢を貫き、デフレ日本の良心と称されてきた同社ですが、オリーブオイルやチーズをはじめとする輸入食材の価格高騰に加え、主食である国産米の記録的な価格上昇が直撃しました。その結果、かつて36%程度でコントロールされていた売上原価率は48%へと急上昇し、利益構造を根本から揺るがす事態に陥りました。

同社はこれまで、厨房オペレーションの徹底的な合理化やセルフオーダーシステムの全店導入など、販管費の圧縮による自助努力で原価高を吸収し続けてきました。しかし、首都圏を中心とする店舗賃料の改定要求や人件費の高騰が重なり、客数の増加だけに頼って固定費をまかなうビジネスモデルが限界に達しました。

注目すべきは、サイゼリヤが値上げの方針を公表した直後、株式市場がこれを強烈に好感し、株価がストップ高を記録して上場来高値を更新した点です。同社のような超高効率なオペレーション基盤を持つチェーンにおいては、主要メニューをわずか10円引き上げるだけで年間20億円を超える営業増益効果が見込めます。市場は低価格の維持ではなく、持続可能な収益性を担保するための合理的な決断を明確に評価しました。

多重の資材高騰が日常使いの食品スーパーの利益を削り取る

一方で、同じ低価格モデルでありながら、より深刻な構造的苦境に直面しているのが食品スーパーマーケット業界です。2026年3〜5月期の決算において、コンビニエンスストアやドラッグストア、ホームセンターといった他の小売業態が増益を維持したのに対し、食品スーパー業界は売上高が前年比6%伸びたにもかかわらず、営業利益は15%減少し、大手12社中11社が減益または営業赤字に沈みました。

食品スーパーを直撃しているのは、食肉や野菜などの仕入れ価格上昇だけではありません。原油・ナフサ不足に起因するプラスチック製食品トレーやラップフィルム、レジ袋などの資材コストの高騰に加え、物流2024年問題に伴う配送費用の急増が多重の重荷となっています。

ドラッグストアやホームセンターがプライベートブランドの拡充やまとめ買い需要を巧みに取り込んで粗利益を確保したのに対し、日常の生活動線に組み込まれている食品スーパーは、近隣競合店との価格競争と顧客の買い控えを恐れるあまり、コストの販売価格への転嫁が最も遅れました。売上が伸びても利益が残らない構造疲弊が鮮明になっています。

安さで我慢するデフレ型経営が限界を迎え価格決定力が生存条件となる

原材料、人件費、物流費、そして包装資材に至るまで、すべてのコストが同時に上昇するインフレ環境下においては、従来の「企業が我慢して安さを維持する」というデフレ型経営は完全に破綻しました。

企業が従業員に適正な賃上げを行い、設備の老朽化に対処しながら事業を継続するためには、提供する価値に見合った対価を顧客から正当に受け取る「価格決定力」の確立が唯一の生存条件となります。サイゼリヤの決断や食品スーパーの苦境が示しているのは、すべてのビジネスにおいて、安売りによる規模の追求から、独自の提供価値に裏打ちされた付加価値モデルへの転換が待ったなしの課題となった現実です。



「よげんの書」は企業や個人が不確実な時代を生き抜くための道標を提供し、仕事や生活のマーケティングに投影していただけることを目的・目標として主催者の個人プロジェクトとして運営しています。

まずはぜひセミナーをご覧ください。そして「セミナーの共同開催」や、よげんの書をもとにした研修「ミライノミカタワークショップの開催」など、マーケティング活動をご一緒させていただく機会を検討いただける場合はお気軽にお問い合わせください。Driving Forceをともに掴み、未来を一緒に創っていくことができれば幸いです。

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この記事を書いた人

舟久保 竜のアバター 舟久保 竜 よげんの書|主催者

総合マーケティング会社で23年間、NBメーカーの商品開発・販促企画のアイディア創出のための調査に関わるとともに、2020年から師匠の「大久保惠司 氏」とともに企業のマーケター向けに毎月トレンドを発表するセミナーを継続開催する。2025年、大久保氏の逝去後に「よげんの書」をライフワークとして継続することを決意。

本業は2024年1月から株式会社フィードフォースに所属。企業のコマースサイトを顧客体験基盤やCDPとして活用するためのソリューションのマーケティングに携わる。企業と生活者がモノではなくサービスでつながるための、SDL(サービス・ドミナント・ロジック)の実現を目指す。